「ところで、そこの二人、いい加減出てきたらどうだ?ばればれだから」

士郎の台詞に、凛と桜、アーチャーとライダーもさすがに動揺した。

(アーチャー!)

(周囲に目視できる者はいない)

凛と桜がそれぞれ自身のサーヴァントに念話で問いかける。

アーチャーの目は現在のような例え光源が月明かりしかない状況でも50メートル先の人の肌の色さえ見分けられる。

しかしその状況で一切姿が見会えないのであればそれは気配を隠すのに長けた者、すなわちアサシンのサーヴァントの存在を示している。

無論何故士郎がその存在に気付いたのか、それとも自分たちを油断させるために虚言を弄したとも言えない。

どちらにしろ、状況は先ほどよりも圧倒的に悪い。

先ほどまでならば士郎にだけ意識を傾けていればいいのだが、いまは文字通り姿の見えない暗殺者にまで注意しなければならないのだから。

アーチャーとライダーだけならば例え宝具を使われても、離脱できるが、マスターがいるのであればそれも難しい。

だが、

(サクラ、リン、落ち着いてください)

(ライダー?)

(先ほど気配の揺らぎを確認しました。どうやら私たちの会話を聞いていたようです。少なくともアサシンではありません)

ライダーは今、召喚時にかけていたメガネをはずしており、代わりに顔の半分を覆うアイマスクをしている。

故にマスターである、桜以外の存在はその耳と気配をたどることによって感知しているのだ。

だが彼女のそれも完璧ではなく、アサシンが仮に目の前にいたとしても完璧に気配を消していれば知ることはできない。

だがその存在は士郎の声に反応してしまった。

そのような存在がアサシンであるはずがなく、そもそも

(足音が二つ…どうやら他のマスターとサーヴァントの様です)

「ほぉ驚いたな可能な限り気配を消したと思ったんだが」

「……」

暗闇から姿を現したのはひと組の男女。

二人の容姿は、男の方は全身を覆う蒼い皮鎧。

女の方は鳶色の髪に茶色のスーツ、黒の革手袋をしている。

「で?どうするよ、マスター?サーヴァントを従えた二人のマスターに何の魔力も感じないガキ。どっちを狙う?

「サーヴァントは放っておきなさい。まだ全サーヴァントが現界していない以上、そのうち他のマスターが手を出すでしょう。それよりそこの少年の方が気がかりです」

「同感だな。正体がわかんねぇ以上、仮にマスターでないとしてもこの場で消しておいた方が後腐れがねぇ」

そんな会話を交わしながら二人とも全く視線を5人から、特に士郎から外そうともしない。

そもそも今の会話自体念話でできるはずなのにしなかったのは逆にこちらに注意を向けるため。

凛と士郎との会話を二人とも聞いていたため、彼らが顔なじみであることはわかるのだがそれでも何も怪しいところを出さない士郎の存在に二人とも眉をひそめていたのだ。

明らかに日常とかけ離れた空間なのに彼は一切の驚きも見せず、凛たちの心境とは裏腹に会話を進めていた彼は明らかに異常だが、今のところ詳細が一切不明な人物。

そんな存在こそが非日常に属する彼らにとっても危険だということを二人とも別の経験から察知していた。

「おい坊主」

「何ですか?

「てめぇ何者だ?

先ほどの凛の時と違いその言葉には殺気がこもっている。

だが、

「何者と言われてもな……そもそもどこの馬の骨ともわからないあんたになんでそんなことを答えなくちゃならない?

「確かにな。まぁ最初から答えは期待しちゃいなかったが、確信したぜ。てめぇ人を殺ったことがあるだろ」

「さあな」

先ほど同様答えをきたしたわけではないがそれは明らかであった。

先ほどの問いからずっと殺気を向けているがまるで気にするそぶりはない。

仮に人の死に直面したことのない存在ならば、わずかでもその殺気を浴びていれば泡を吹いて気絶しているだろう。

だが士郎は柳に風と言った感じではぐらかしつづけている。

ここまでくればすでに言葉に意味はなく、静かに彼はその手の中に槍を握っていた。

「やれやれいつからこの街では銃刀法がなくなったんだ」

この状況でも軽口を叩く士郎に彼は一切の躊躇もなく、神速の早さで突きを放つ。

常人であれば気付くのは槍に貫かれた後。

銃弾のような速さで放たれた槍を防ぐ手立てはないはずだが、

!

双剣がそれを阻んだ

「てめぇ……」

「アーチャー、あんた」

突きが士郎に当たる直前、アーチャーが男の首を狙ったのだ。

「済まない、凛。あまりにも隙だらけだったのでつい手が出てしまった」

「ち、まったく最悪なやろうだな。アーチャーのくせに双剣とはな。てめぇまっとうな英霊じゃねぇな?

「さてどうだろう?私は君のその質問に答えることに何の意味があるのか逆に聞きたいぐらいだが」

「ち、いけすかねぇ野郎だ。てめぇみてぇな奴が一番俺は好かねぇんだ」

「同感だ。私も君は嫌いだ」

「だまれ」

槍を握った男、ランサーの突きを双剣でいなしながら二人は軽口をたたき合う。

会話だけを聞いていればごく普通の中の悪い二人のものでしかないが、彼らはそれを躱すだけで死にそうな応酬を交えて行っている。

そんな彼らに対しスーツの女性は目もくれずじっと士郎だけを見ている。

ランサーとアーチャーを挟んでいるため、何もできないが彼女自身はどんな事態であろうとも反応できるようにじっと3人を、特に士郎を睨んでいた。

「まったく、いつからこの街は手品師と殺し屋の住処になったんだよ」

二人の応酬を見ながら、士郎はそうこぼした。

「それで?どうやらお前たちも素直に帰しくれるようにみえないが」

くるりと右に回ると、凛と桜を守るかのようにライダーが鎖で繋がれた大きな釘のようなものを構えて士郎に殺気を放っていた。

「申し訳ありませんが、あなたを返すわけにはいきません。魔術師でないとしてもここまで来たのならば大人しくしてもらいます」

「ちなみにそうなった場合俺はどうなる?

「今日の記憶をすべて忘却させてもらいます。あと……そうですね。あなたはどうやら桜の思い人のようなので桜に対して恋愛感情を抱くように暗示でもかけさせてもらいましょうか?

「ライダー…あんたねぇ。っていうか桜、もしかして……」

「頼んでませんから!ライダーもそんなことはしないでいいから!記憶の消去だけで!

「本当によろしいのですか?

「ライダー!

そんな会話をしている士郎は若干呆れていた。

「え〜と、あんたライダーだっけ?

「そうですが何か?

「まず先ほどのことに関してはお断りだ。また記憶を失いたくないんでな」

その言葉に2人の眉がかすかに動く。

士郎がどのような人生を送ってきたかは知らないが、過去に記憶を失うほどの事態に巻き込まれているのだから。

それが魔術に関わるかは不明だが、彼の言うようにそれはとても辛いことなのだろう。

魔術師として生きようという覚悟にヒビが入る。

だがこの程度立ち止まっていては聖杯戦争に勝つなど夢のまた夢である。

故に彼女たちはたとえどんな事態であろうと前に進む。

だが、

「それとさっき桜を好きになる暗示をするとか言ってたが、たぶん俺には効かないぞ?

そんな覚悟も、

「それはなぜですか?

「だって俺は桜のことが好きだから」

その一言で再び揺らぐ。

「正確にいえば凛のことも好きだけどな」

(あんたは!なんでこんな時にそんなこと言うのよ!

(先輩、やめてください!そんな笑顔で言われたら、私……)

背後では未だ殺陣が行われているが、士郎はお構いなしに笑顔で二人に自分の思いを口にした。

そしてそんな彼にライダーはまずいと思った。

桜だけでなく凛でさえ、思考が停止している。

今の彼女たちにマスターとしての行動は期待できないゆえに、

(桜、彼を捕獲します!

念話でそう告げて足に力を入れようとした時、

「そんなわけだからお前たちに捕まるわけにはいかないし、俺は逃げるよ」

くるりと再び回れ右をして殺し合いの真っ最中の二人に向かって走り出した。

「坊主、てめぇ!死ぬ気か!

「あいにく俺に自殺願望はない」

未だアーチャーと殺陣を続け、先ほどと位置が反対となり、彼に背を向けていたランサーが声を上げる。

アーチャーを相手に欠片も気を抜けないが気配を感じる程度には問題なく、正確な識別は無理だがこのような状況で自分に向かっているのは士郎だと彼の直感は囁いた。

そして彼に向かって何かが投げられる。

魔力の欠片も感じられないため、サーヴァントの彼には通用しないと判断し、無視するがアーチャーはなぜだか隙だらけでこちらに向かってくる。

今まで守勢になっていた彼のその行動に一瞬どんなふうにでも対応できるように身構えるが、アーチャーの視線が自分ではなくその後ろの士郎に向いていることに気づく。

その事実に彼の理性が沸騰した。

殺し合いの最中に自分を無視して別の存在を気にかけられる。

マスターの安否ならまだしも別の事象に。

そんなアーチャーの行いに、騎士として、幾多の戦場を駆け抜けてきた戦士として彼のプライドが吠える。

「てめぇ、よそ見してんじゃねぇ!」

渾身の突きをアーチャーに放つ。

それをわかっていながら、アーチャーは視線をランサーに変えない。

そんな態度にランサーの肉体がさらに呼応する。

故に気づかなかった。

彼の視界に入り込んだ黒い物体に。

直後、目に太陽が入り込んだかのような閃光とこれまで聞いたことがない爆音が彼の意識を消し飛ばした。

 

「がああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」

ランサーの叫びがこだまする。

だが彼自身はその声を聞くことはできない。

瞼を閉じようとも未だに光は目を照らし、爆音は耳の中で反射し続ける。

(つ……ランサーしっかりしなさい!)

マスターからの呼びかけにもまともに答えることもできない。

痛みがあるわけではない。

だがその光と音は戦場において重要な器官をたやすく麻痺させ、立つことすらかなわず、赤子のように転がることしかできない。

だがそれはアーチャーたちも同じ。

むしろ目のいいアーチャーや聴覚を頼りにしているライダーの方が、はるかに症状がひどく、どちらもその場にうずくまっているのだがランサーはそんなことを知る由もない。

だが如何にそのような状況であろうともサーヴァントとは人外の存在である。

数十秒ほどで彼はマスターの隣に立っていた。

「大丈夫ですか?ランサー」

「なんとかなぁ、まだ目がチカチカして耳鳴りするがな」

「彼を追いますか?

「たりめぇだ。しかしあのガキ、何をしやがった魔術でもねぇのにサーヴァントを止める代物があるとは思わなかったぜ」

「私もです。近代兵器を侮っていました」

「何が起こったのかわからねぇが、決まりだ。あの小僧、魔術師だ」

「異論はありません。なぜ魔力を感じとれないかは別として話を聞くべきですね」

「だがどうする?あの坊主の居所はわからねぇんだろ?」

「そうですね、しかしパンくずはあります」

そう言って彼女は校門へ向かう。

そこには月明かりしかない道路に光る線が浮き上がっていた。

「何だこりゃ?」

「わかりません。ですが私たちが来た時にはなかったのですから彼が残していったのでしょう」

「だな、しかしまぁ何だ、呆れたぜ。まさか召喚されて最初にハメられた相手がキャスターでもなけりゃマスターですらないガキなんだからよ」

「……ランサー、楽しむのはあとにしてください。顔がにやけてますよ」

「おおっとわりぃ、しかし生きてる時でもこんだけ遊ばれたのは久しぶりだからよ」

「あなたの場合、罠ごと踏み潰して意味をなしそうにありませんが」

「おい、人を脳筋みてぇに言うな。これでも色々考えてんだぜぇ」

「では、今度その知略を披露してもらいましょう」

「おい、ぜってぇ信じてねぇだろ」

彼の発言にいつも通りの無表情で、しかしどこか小馬鹿にしたような口調で彼女は走り出した。

それに彼はついていきながら、知略という言葉にかつて自分のために国一つを傾かせた存在を思いだし、

(さすがにあそこまでやれとは言わねぇよな?)

そんなことを考えていた。









バイクの音の響かせないように士郎は家に戻った。

その後ろには後輪に塗ってあった蛍光塗料によりできた光る線が残っている。

予定外の彼らならば罠であっても向かってくるだろうと考えたのである。

無論、凛と彼らのどちらが先に来るかはわからないがどちらが来てもいいように彼は頭の中で考えることをやめない。

さじ加減一つですべてが変わってしまうがゆえに、あらゆることを考え、切り捨てながら彼は土蔵へ向かう。

時計の針はまもなく午前0時をさし、世界が切り替わる時間である。









「サーヴァント、セイバー。召喚に応じ参上しました。問おう、貴方が私のマスターか?

魔法陣から収束した光が形成したのは青いドレスのような鎧をまとった金髪の女騎士。

その唇が契約の言葉を紡ぐ。

「さてどうだろうな?たしかに召喚したのは俺だが、まだ契約するとは限らないぞ?」

だが士郎はそんな言葉に否定を返す。

「それはどういうことですか?」

「俺は聖杯戦争には参加するが目的は、聖杯の破壊だ。サーヴァントの中には聖杯を望まない奴もいるだろうが、大部分は聖杯を望んだからこそ契約を交わしたはずだ。セイバーが聖杯を望むのなら俺は契約を交わさないということだ」

「いいのですか、そのようなことを言って?私がマスターならサーバントを失っても令呪を宿したマスターをほうっておかず、殺しますが?」

「その質問が出てる時点であなたは聖杯に用はないのだろう?」

「ええ、たしかに私にも聖杯で叶えたい願いはあります。ですがそれは冬木の聖杯ではかなわない」

「なら話は早い。念のため確認をとってみたがまさかサーヴァントでありながら記憶を保持しているのは本当らしい」

!?マスターあなたは!」

「俺の名は衛宮士郎。お前のことは多少なりとも知っている。よろしく頼む」

そう言って彼は右手を差し出した。

多少逡巡したものも、彼女も右手を差し出した。









「セイバー、詳しいことはあとだ。今は俺の指示に黙って従って欲しい」

そう前置きをしてから彼は事のあらましを告げた。

「現在、アーチャー、ライダー、ランサー、とそれぞれのマスターに追われており、うち、アーチャーとライダーのマスターは姉妹で結託している……」

セイバーはそれを短くまとめ、思考していく。

「そして、彼らへの迎撃を行うが、倒してしまってはならない、ですか……」

その内容に彼女の額に皺がよる。

前回のマスターである、衛宮切嗣もいろいろ問題があったが、息子の彼も大概である。

「無理ならいい、ただサーヴァントの数が減るのは困る。理想は全サーヴァントの生存だがな」

そんな彼の最後のつぶやきは聞かなかったことにしようと彼女は思った。

「さて、覚悟はいいか?だれかがそろそろここに着く」

土蔵の扉に手をかけ、そう士郎が問いかける。

「問題ありません。召喚されたばかりですが四肢に不備はありません。魔力も十分です」

「なら、行こう。聖杯戦争の開幕だ」








あとがき

こんにちはNSZ THRです。

あんまり状況は進んでいませんが、きりがいいのでここまでにします。

セイバーへどこまで説明したかはきちんと出しますので、特に気にしないでください。





管理人より
     お久しぶりです。
     投稿ありがとうございます。
     予想外のランサー、ダメット・・・もとい、バゼットペアでしたか。
     ランサーを奪われなかったのか、まだ奪われていないのかはたまたここでの言峰は『綺麗な綺礼』なのか。
     そしてさらりと口説き文句を言う士郎・・・刺されるぞお前。

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